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二輪と深夜とロックンロール

ジャズとロックとバイクと喫茶店とそれらが出てくる本が好きです。元『東京文系大学生』。

観てきました。→マームとジプシー「夜、さよなら」「夜が明けないまま、朝」「Kと真夜中のほとりで」3作上演

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昨日は彩の国さいたま芸術劇場へ行ってマームとジプシー「夜、さよなら」「夜が明けないまま、朝」「Kと真夜中のほとりで」3作上演を観劇してきました。とにかく劇場周辺の埼玉感が非常にエモい。広めの国道沿いにこうゆうかんとサイクルベースあさひと中学校、高架下にサイゼリヤとカラオケ…これぞ彩の国。素晴らしいです。

 

僕は舞台演劇に関しては本当に素人で、イロハの前の呼吸すら分からず、マームとジプシーや藤田貴大に関しても何やら若者に人気の現代演劇だとかポエティックな台詞がリフレインするらしいとかその程度の前知識しか持ち合わせていませんでした(間違ってはいませんでしたが)。実際に観劇したところ、全てに圧倒されました。目の前で起こる生の演技、過剰な肉体的負担によってむしろ浮かび上がる内面性、照明がただの光ではなく時にはモノになるということ、無数にある時間軸の表現、などなど挙げればキリがありません。一応、忘れないためにも各作品について感想を書いておきます。物語核心には触れませんが念のためネタバレ注意。

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「夜、さよなら」

舞台にはベンチが置いてある。そのベンチは駅のベンチであり、公園のベンチであり、10年後であり、10年前でもある(ということで合ってるのかな…?)。「夜であること」に主眼が置かれている感じでありながら、後の二作品に繋がる「不在」も仄めかされてそこはかとなく不穏な雰囲気。余談ですが、僕は日々夜更かしをして昼夜逆転生活を送っているので、三作に共通する夜のやるせなさ、朝が来ることの象徴性などには中々ぐっとくるものが有りました。街の唯一の入り口であり出口であるという駅、そこでは貨物列車が通過している。背景のスクリーンに実際の電車の風景が映され、物凄く臨場感の有る描写でした。人物たちの紹介も一通り済まされる。役名と役者を覚えられるか不安だったけれど、意外と大丈夫。

 

「夜が明けないまま、朝」

「不在」の詳細が明かされる。尾野島慎太朗さん演じる「かえで」の演技は迫力がありました。貧血で倒れる?シーン、救護されるシーン、それが回想シーンあるいは走馬灯のように繰り返され、「かえで」は短い台詞を繰り返す。このあたりで、「すげー物を見ている…」と興奮が止まりませんでした。湖に残された靴、というところで役者の方々の服装を見ると、黒を基調にした服にスニーカー。川崎ゆりこさんの「ゆき」は特に衣装がビシっと決まっていて素敵でした。背筋の伸ばし方が綺麗。

「夜」に含まれている痛みが、ここでは喪失と不在であったけれど、もっと一般的なものとして描かれているような感じがしました。失踪を描いているのではなく、失踪を経験した周囲の人々が物語の主役であるわけだし。

 

「Kと真夜中のほとりで」

マームとジプシーのなかでも傑作と呼ばれることが多いという本作。三本上演のラストということで、起承転結の結に向かっていく役割だったけれども、本来の単独上演だったらどんな印象を受けるんだろう?そもそもどんな話なんだろう?と思いながら観ていました。ストーリーがラストに向かって進行するとは言えども、中盤は「さえ」が「りりこ」の家のドアをノックする所、「かえで」がKを探す所、その他諸々、十年後の現在が何度も何度も繰り返されて、ヒリヒリした雰囲気でした。終盤は割と泣いてしまった。あと星が凄いです。

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とにかく、緻密で美しい舞台でした。演劇素人が初めてマトモに見た現代演劇がこれなのは幸せなことである気がします。個人的な反省ポイントは、ケツが痛くなったことと、空腹で腹が鳴りそうだったのでヒヤヒヤした(音楽が激しいときに鳴ってくれることを祈っていました)ことです。ケツに脂肪をつけ、上演前に空腹を満たし、また観劇したいと思います。