夏が来ている。
僕の住む岐阜県では昨年、多治見市で連日の40度超えなど、日本一の暑さを記録し続けたことも記憶に新しい。
暑いと、人は海へ行く。
海は確かに美しい。
その雄大さ、波の勇ましさ、空や砂浜と一体化するような「層」仕立ての境界線、懐深さ。ある人は海で心を静める。ある人は海で自らを奮い立たせる。
海を題材としたすばらしい音楽も多い。
やはり山下達郎だろうか。名盤Big Waveのあのジャケットだけで、さわやかなのに苦いような、夏に浸ることができる。
別のアルバムにはなるが、潮騒という曲に吉田美奈子が寄せた歌詞もすばらしい。
打寄せる波
素足へと集める泡のもろさより
君の心は傷つきやすいから
いつも僕が包んであげたい君のこと
だが海には、重大な欠点がある。
海は、真水ではないのだ
海は、塩水なのだ
あの美しい海に、約3.5%という濃度で塩が入っている。
海は広いな大きいななどという言説はきわめて浅はかで、本質から遠い。
海は辛いな3.5%だな、なのである
僕はアトピーだ。
とはいえ自分から言わなければ、人に気づかれることは無い。
むしろ、「アトピーなんすよ」と伝えると「そんなに肌きれいなのに?ウケる」と驚かれることすらある。
だがそれは、一日30時間に及ぶかゆみとの戦いに、僕が勝利し続けているだけのことだ。
毎日ステロイドを塗る。いつでもかゆみ止めを服用している。
一日二回規則的に顔を洗い、入念に保湿している。
ステロイドを克服しているのは最大トーナメントにおけるジャックハンマーだけではない。ここにも戦士がいるんだ。
それでもかろうじて、見える部分の綺麗さを保っているに過ぎない。
人が誰しも心の中にどろどろとして暗い洞窟を持っているように、僕の肌も表面上は普通に見えても、いつどんなきっかけで崩壊してもおかしくない危ういバランスで成り立っている。
そこに来て海は、どうして塩を含んでいるのか。
ジャックハンマーが決勝で負けてからというもの、そのカリスマ性を失い、4畳半で泣き叫ぶ愚か者になりはてたように
僕は、海水に入ろうものなら、味仙のように赤くただれるだろう。地獄の業火という表現があるが、現実でそれを見たいなら僕を海に突き落とせばいいのだ。
君たち非アトピーが、蒙古タンメン中本に一晩漬けたパックを顔に貼り付けて眠るようなものだ
山下達郎さん、吉田美奈子さん
確かに、素足へと集める泡のもろさより、君の心は傷つきやすいかもしれない。
僕が守ってあげたいかもしれない。
でも多分、君の心より、僕の肌のほうが傷つきやすいんだ
君は守ってくれるのか?
いいや、守れない。
僕の肌を守れるのは、僕の不断の努力、ジョンソンアンドジョンソン、ステロイドだけだ。
先日、名古屋港に面したバーベキュー場での会食に参加した。
久しぶりに名古屋勤務時代の仲間達と顔を合わせることができ、僕はたいそう興奮していた。
ワインを飲み過ぎた後の吐瀉物のような味の、赤ワインを浴びた。浴びるように飲んだことも事実だが、物理的に浴びたことも事実だ。
そして海へ入った。
僕は酒を飲み過ぎると水に入ってしまうんだ
阪神尼崎駅前の噴水に落ちたことも数知れない。
水泳部に在籍していたこともあるが、酒に酔っていたわけではないのでこれは関係ない
海に塩さえ入っていなければ
今週こんな思いをすることもなかったのだ
海が塩辛いのは、君の涙が混じっているからだという人が居る。
違うんだ。違うんだよ 塩水だからなんだよ
(珈琲店 コメダ珈琲にて16時6分記す)