メトロミニッツ、好きな雑誌である。
5月下旬号、色がきれい。
だが率直に言って、悲しい気持ちになる号だったので、感じたことをメモしておく。
インターネットにおける「自戒を込めて」ってやつである
まず特集名である。「サラリーマンっておもしろい」。
この時点で軽めに「おやっ」と思う。あえての時代錯誤狙い?
表紙イラストにも目を向ける。やっぱり、「おやっ」と思う。
サラリーマン。男性2人(と思しき人)のイラスト。線、絵ののタッチは柔らかい。
読み手として受け取った率直な感想は、「生きにくい世の中で頑張っている男性会社員だけど、結構かわいいとこあるからもっと優しくしてよって言いたいのかな」という感じである
まさか、そんな馬鹿な、と思いながら中身を開く。
全国14社を取り上げ、働く環境の最先端を伝えている。
東京地下鉄が入っている辺りは全然問題ない。
編集長・古川氏のコラムがある。
「多様化する社会の中でなぜサラリーマンなのだろう」とタイトルがある。
やはり、あえてのネーミングであることは間違いない。
読み進めると、以下のような文言がある。
「サラリーマン的価値観だったものは、少しのネガティブさを伴う言葉として使われることが多くなりました」
「超就職氷河期の時代に僕のことを拾ってくれた会社に対しての恩義と愛情」
「楽しく働き、みんなで苦しみを乗り越え、一緒に笑っているたくさんのサラリーマンたち」
「どのような立場も考えも否定するものではありません」
「サラリーマンっておもしろいなと思ったのです。それをそのままタイトルにしました」
「もう一度自分の立っている足元に目を凝らせば、そこには気づいていなかった小さな花が咲いているかもしれません」
本当にざっくりと言えば、第一の感想は間違っていなかったことがわかる。
いろいろ言われるけど、会社員っていいよね~がこのコラムの要旨。
そこにあるのは、「肩ひじ張って改革するだけじゃなくて、今の環境もよく見てみようよ。けっこう素敵なものだよ」という優しい気持ちなのだろう。
でも、そこにこの表紙が加わると、途端に「男性中心主義の維持」を掲げているように見える。おそらくそういった意図は込めていないのだろうが、それでも、そうなっちゃう。
端的に言って、読み手のペルソナ想起が不足していると感じる。
表紙と、最初の2ページを読んだだけで、誰かを傷つけている可能性を想定できなかったのである
これは、暴力的な雑誌だとか、悪だとか、そういう気持ちとはちょっと違う。
いうなれば、浅はかだなあ、という感想であり、悲しいなあという失恋なのである
もうひとつ、大きな問題は、誌面内で展開されるマンガである。
冒頭に張ったURLからも見られるよ。
これが、絶妙に不快。
男性部長と若手男性(と思しき2人組)の、ちょっとずれていてほっこりする場面。
「サラリーマン」の愛くるしさを、改めて提示するという、いかにも男性管理職的なコンセプト。
一方でギャグとしては、尖った若手芸人の漫才ネタと、それを賛美する賞レースファンに感じる居心地の悪さ(これはもともと私が馴染めないだけ)がにじみ出ている。
芸人っぽいなあ、と思ったら、本当に芸人の方が書いているらしい。まあそれはどうでもいい。
別に、漫画として面白い面白くないは個人の感性だしどうでもいいんだが、
冒頭から続く「メトロミニッツへの不信感」の中にあってこれを読むと、マイナスの方向により引っ張られる。
なんとか言葉を振り絞って表現するなら、「内輪ノリ」である。
編集長の、男性中心会社員生活への愛着も、漫画による「とがったボケを見せたいモチベーション」の両方が、それぞれ内輪ノリの範疇に収まってんなーと思わざるを得ない。
わたくし個人の場合、倫理的な不快さが前者で、ごく個人的な不快さが後者である
特に前者。この時代に、こんな初歩的なメッセージが(意図せずとしても)出回るとは。
しかもあのメトロミニッツで。
飲み会だったらぜんぜんいいと思う。
いつでも・どんな場所でも・あらゆる目線を想定して正しくふるまうなんて到底無理なんで。
アメ横で空き瓶並べて「サラリーマンさいこ~」って言ってても、まったく嫌じゃない。
でもメディアは、情報を受け取る側を死ぬほど考えなければいけないじゃないですか。
それさえできていれば、なんかを徹底的にこき下ろすも、特定の立場に偏るのも、それがメッセージならば許容範囲と思う。
ただただ、無自覚な攻撃性が一番憎い。